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やっぱり天使が描いた天使 9月16日

 

今年2021年の秋もまた

「小さい小さい絵」展に出品する

ちいさなテンペラ模写を作っています。

 

黄金背景テンペラ画は、なんと言いますか

「描く」より「作る」がしっくりきます。

支持体の板を切り、ニカワを塗り

ボローニャ石膏を塗り磨き

ようやく下描きをしたら

ボーロを塗って金箔を貼り磨き

装飾を入れて・・・さて。

最後の最後に卵黄メディウムを作って

絵を描くのです。

描く作業は全体のほんの僅かなのです。

 

今回はフラ・アンジェリコの天使を

2枚作ることにしました。

フラ・アンジェリコは学生時代から

ずっと何度となく模写していますが

その度に新たな発見があって驚きます。

まぁわたしの観察眼が及ばない

と言う証拠でもありますけれども。

初心に帰る、原点回帰です。

 

 

今回下描きをしていて思ったのは

フラ・アンジェリコの描く人物(天使含む)は

三白眼が多いような気がする。

一般的に三白眼ってあまり人相が良くない

きついイメージを与えがちですけれど

フラ・アンジェリコの絵は

その三白眼から、厳かさや人間を超えた者

としての表現を感じたりしています。

 

 

 

美味しい版画を 9月13日

 

今年の夏、誕生日に父が

製麺機をお祝いにくれました。

いわゆるパスタマシーンです。

箱には「製麺機」とあって

美味しいうどん、きしめん、中華麺

ワンタンや餃子の皮も

自宅で作れる、とあります。

もちろんパスタも作れると。

 

 

テレビで、イタリアの家庭で手作りパスタの

シーンを見るたびに「ほしいなぁ」などと

つぶやいていたのを父が聞いてくれたのでしょう。

製麺機をもらったとき、わたしは

もちろん「わぁ!」と喜びました。

なにせずっと前から欲しかったものです。

 

わたしが「これで版画ができる!」と言うと同時に

父は「これで美味しいの作ってくれ~」と。

ふたりで

「え、美味しいの・・・?」

「え? 版画?!」

としばし固まりました。

目的が違う。

 

パスタマシーンで凹版画ができると

知って以来、気になっていたものですから。

とは言え、これはやはり贈り主の希望を汲んで

まずは美味しい(できるかどうかは謎だけど)

タリアテッレやラビオリ製作など

することにいたします。

 

パスタ作りと版画刷りと

同じ機械で同時に、ってわけには

やっぱり行きませんかしらね。

版画はすこし先にして、まずは

製麺に特化してチャレンジです!

 

 

そこにあるから。それで良い。 9月09日

 

2020年春に世界が大きく変わって以来

わたしが打ち込んでおりますのが

小箱作りなのですが

完成した小箱もだいぶ増えました。

 

作りはじめた当初はべつに

こんなに作りためるつもりも無く、

楽しいし無心になれるし

合間あいまの娯楽、なんて感じで

「打ち込む」つもりもありませんでした。

でも気づけば生活のペースも心模様も変化し、

思うように活動できない毎日で

とにかく無心になれる小箱づくりは

わたしに必要な作業になりました。

 

 

そして今、逃避としての制作の時期は過ぎて

ただもう「そこに小箱があるから」作る。

そこに山があるから登る

といった心境になっております。

 

 

それで完成した小箱は

いま手元にあるもので大小66個

制作中をふくめると、ちょうど70個。

 

改めて数えてみて、ちょっと達成感です。

横で家族が(呆れて笑いながら)

「それでどうすんのぉ・・・その小箱・・・」

と言っており。

そうですなぁ。

画廊やお店で展覧会と言っても

この秋~冬はおそらくまだ無理かも。

それならそれで、なにか

発表するなり売るなり考える時期が来た。

ネット販売・・・でしょうか?

ううむ、まずは調べて比較して

具体的にする必要があります。

なにせ無知極まれり、ですので。

ああ、だれかに任せたい!と叫んでも

誰もいませんからね・・・。

どなたか販売して下さる方が

いらっしゃいましたら

ぜひご連絡くださいませ!

 

 

「こんなに作ってどうすんの」ですが

理由も無く作ってしまうのです。

物を作るって、そんな感じで良いんだと思います。

 

 

Firenze 2020-25 9月06日

 

わたしの大好きな美術館のひとつに

捨て子養育院美術館があります。

その名の通り、以前は孤児の養育施設でしたが

現在は子どもの活動支援組織のオフィス

そして美術館になっています。

小さな子どもを連れたお母さんがいましたから

親子教室が開かれたりしているのかもしれません。

屋上には以前にご紹介したカフェテラス

ドゥオーモと同じブルネレスキの設計した建物で、

とても穏やかで明るい雰囲気の施設です

 

現在、1階は養育院の歴史などの展示解説、

2階からギャラリースペースになっています。

所蔵作品もジョット、ギルランダイオなど

目白押しなのですが、それはさておき。

 

ギャラリー部分の一角、入組んだ場所に

不思議な部屋がありました。

ギャラリーから数段下がった部屋は

真っ暗で、何やら等身大の人形と

照明された箱が並んでいます。

しんと静まり返った部屋のなかに

ぽつりぽつりと光りながら並んでいるのです。

 

ちょっと立ち入るのを躊躇するような。

だけど不思議なもの見たさに引き込まれる。

 

その箱には、どうやら聖書の一場面や

聖人の歴史などを再現している様子。

なのですけれど。

 


▲右下に見えるのが等身大の人形。

おそらく養育院時代の養母さんのようです。

 

なにせ暗くて不気味・・・と言っては

いけないのでしょうけれど

古いお人形って存在感が強いこともあって

なにか異次元や異世界を感じさせます。

 

▲蛍光灯的な青白い照明は影も冷たく強くて

物音もしない凍てつく深夜の緊張感・・・

と言うようなイメージを醸し出す不思議

 

この展示品は、その昔に子供たちが

作ったものなのかもしれません。

または子どもたちに聖書の教育をするため?

寂しがる子ども達を慰めるために寄付された?

解説が無くて(暗くて見つからなかった)

分からなかったのが残念。

 

 

よく見てみれば、マリア様だったり

当方三博士の礼拝シーンだったり

(十字架降下もありますけれど)

怖さとは程遠い内容のはず、なのに

なぜ暗い中に展示するのでしょうね。

舞台装置的なイメージで展示しているのかな?

 

▲いまこの写真で振り返れば

この箱の彫刻や細工も素晴らしい。

あの時は見る余裕がありませんでした。

 

だけど、だけど。

いやはや。不思議な部屋でした。

一緒に行った人は、部屋の外から

ちらりと覗いて驚いた様子、

最後まで足を踏み入れないのでした。

 

 

夏は終わったか、正月はまだか 9月02日

 

もう2021年の終わりが見えてきました。

そんなことはない?

早すぎますか?

ようやく暑さが納まってきたところで

まだ夏の終わりだよ!・・・でしょうか。

 

でも気づけば正午の影がすこし長くなって

雲が薄く遠くなってきました。

石膏液やニカワ液を庭の日差しで

溶かし温めることができなくなって

(これぞエコロジーであります。)

金箔を磨き始めるタイミングが

早くなってきた、ように思います。

金箔が暑苦しく見えなくなってきた時も

「夏のおわり」を感じたりして。

 

▲小箱は同時にいくつかつくります。

奥にあるのは先日のお姫様じゃなかった小箱

名付けて「陰謀の小箱」

 

そうして「あら、秋本番だわね、爽やか!」

なんて言っているうちにすぐ木枯らしが吹いて

ビールより赤ワインや熱燗が欲しくなって

街にクリスマスの広告があふれたと思ったら

お正月のお節作りを考えなければ・・・

と言うことになるのですよね。

毎年のことですけれども。

 

 

季節の移り変わりは、わたしは

空と庭の変化と作業の進み具合で

ある日気づくことが多いようです。

 

すこし気が早く「2021年のおわり」に

心が持って行かれそうになっても

だからと言って何かを急いで始めるとか

あれもこれもしていない・・・と

後悔するとか、そういう気持ちには

ならずに日々を過ごそうと思います。

 

すこやかで穏やかな秋をお迎えください!

 

 

お姫様じゃなかった 8月30日

 

すこし大きめの小箱木地を買って

さてどうしたものかと眺めていたのですが、

「凝りに凝った細工」に挑戦してみたくなり

さまざまな技法を詰め込んだ小箱を

つくりました。

 

イメージは、ルネッサンス時代の

どこかのお姫様の嫁入り道具、で開始しました。

お母様から受け継いだ特別な宝石を入れて

嫁入りの一番大切なものとして胸に抱いて、

家族や使用人たちに見守られながら

迎えの馬車に乗り込んで実家を出る朝・・・とか。

いや、妄想を繰り広げるのはいつものこと。

お許しくだされたし。

 

それで出来上がったのがこの小箱です。

石膏盛り上げ装飾(パスティリア)に

茶色ボーロ、全面純金箔のメノウ磨き、

刻印装飾と卵黄テンペラの彩色

(濃い緑灰色、臙脂、薄い灰褐色)

そして少しの磨り出しにアンティーク仕上げ。

ルネッサンス時代の技法に忠実に制作しました。

 

▲箱の外側寸法 77×77×59mm

 

▲今回は内部は茶色の木地仕上げにして

布を貼り込むのは止めてみました。

 

なかなか重厚で趣のある小箱になりました。

・・・のですが。

お姫様要素が感じられません。

色選びでしょうか。

内部にバラ色の布を貼るべきでしたでしょうか。

そもそものデザインでしょうか。

 

なんだかお姫様というか、おじさん風。

それもちょっと陰謀めいた雰囲気とか。

中にはドゥカート金貨かフローリン金貨が

詰め込まれていて、絹の裏打ちをした黒い袖から

真っ赤な枢機卿の衣装の懐へ静かに滑り込む。

・・・とか!

 

どうもわたしが作る物は、図らずもたまに

おじさん風味になることがあるようで

自覚しておこうと思います。

 

なににせよ、とは言え、まぁとにかく。

この小箱はちょっと自信作であります。

いかがでしょうか。

 

 

Firenze 2020-24 8月26日

 

オニッサンティ教会のほど近くに

Giovanni Baccani (Blue shop) という

とても素敵なお店があります。

 

版画と額縁、小箱などちいさな木製品を扱う

家族経営の小さな美しいお店です。

 

▲外からでもその美しさに期待が高まる

 

店内には所せましと額装された版画作品や

木製品が並び、中央には古い版画がたくさん。

植物、建築、風景、人物・・・ありとあらゆる版画。

▲もう、全部ほしい。

 

そして手の込んだ彫刻額縁もあるのです。

▲いかにもフィレンツェ!な額縁の数々。

アンティークかアンティーク風かどちらか?

 

お店の奥には細い廊下があって

その奥には工房があるのでした。

 

▲廊下にも素敵なものしかない。

 

▲工房で作業中のおふたり。大きな窓も美しいです。

床も壁も、天井のアーチも何もかも。

こんな工房で作られたもの、美しくないはずがない。

 

わたしはお土産の小箱や手刷版画の

カードなどを買ったのですが、

それら商品を丁寧に丁寧に包んでくださる。

その包み紙もまた、もったいないような紙です。

▲青いお店に立つ真っ赤なセーターのおじい様が

不器用ながらも丁寧に包んでくださるのでした。

笑顔がかわいすぎて悶絶したわたし。

まるで物語の中のお店のようでした。

 

このお店の商品も人もまるごと全部

ドールハウスのようなミニチュアと小人に変身させて、

お店にぎっしり詰め込まれた美しい品々と

せっせと働く小人になったお店の方々を

わたしは日がな一日、上からこっそり

覗き込んで眺めてみたい・・・という

妄想が膨らみました。

 

浮世離れした童話のような世界のお店。

ぜひぜひ、皆さんにも訪問して頂きたい。

その日が早く来ますように。

 

Giovanni Baccani Blue shop

 

 

絵画修復に向き合う 8月23日

 

絵画修復というのは、じつに

地道な作業の連続であります。

 

Tokyo Conservation のスタッフとして

油彩画修復もしておりますが

大きな作品になると

キャンバスの裏面のアイロンがけで

一日が終わる、なんてこともあります。

 

裏面からアイロンで亀裂を緩やかに伸ばします。

裏面の裏面、つまり表側には「絵がある」を

つねに意識しつつ慎重に作業を進めるのです。

 

下ごしらえも必要で、これは修復に

限らずいろいろな仕事に言えることですけれど、

下ごしらえの良し悪しで仕上がりが左右されます。

 

▲ストリップライニングと呼ばれる、キャンバスの

耳を補強するテープを作っています。

これも大切な下ごしらえのひとつ。

 

修復作業をするには安定した心身

——イライラせず飽きずに淡々と―—が

大切ですので、修復を仕事とする人たちは

精神状態の波をゆるやかにする術を持つ

朗らかな人が多いように思います。

(なかには八つ当たりしたり不機嫌を表す修復家も

いるのでしょうけれど。人間だもの。)

わたしはそんな穏やかで楽しい人たちに囲まれて

作業をすることができています。

人間関係のストレスが無い職場ほど

幸せなことは無いかもしれない、と思います。

 

学校の教室4つ分くらいの広大な部屋で

数人のスタッフが各々の作業を黙々と進める。

そこには静寂しかないのだけど

不思議と空気は張りつめず、明るい雰囲気が

ただよっているのです。

 

そんな訳で、終わりが見えないコロナ禍で

ドンヨリオロオロするわたしにとって、

絵画修復の仕事に向き合い過ごす時間は

ある種穏やかな精神統一のような、

瞑想に近い時間になっています。

 

 

Firenze 2020-23 8月19日

 

先日、額装したイタリアの

古い鉛筆デッサンをご覧に入れましたが

あのデッサンはおそらく彫刻師が

これから作る作品の下絵として

描いたものと思われます。

ベッドのヘッドボードかドア

あるいは大きなタンスの扉など・・・

 

フィレンツェのわたしの彫刻師匠

グスターヴォさんの工房でも見せてもらいました。

▲背の高いグスターヴォさんが

隠れてしまうような大きさ。

このデッサンですでにひとつの作品になっている。

 

これはテーブルのデザイン画。

実物大なのかもしれません。

側面からの図がメインで、左右には

真上から見たデザインも描かれています。

 

彫刻は、頭の中で完成した姿を

3Dの立体図で頭に入れておく必要があります。

こうしたデッサンでイメージを膨らませ

頭の中で、ありとあらゆる角度からの

姿を具体的に「見える」ようにしないと

実際に彫り進めることはできません。

 

そしてこうした図は、ご注文主に

完成した姿を理解してもらうためにも

必要なものです。

 

▲工房の片隅に会った作品。

「これの絵もあったはずなんだけど・・・」

と探してくれましたが見つからず残念。

縦60㎝はあるような作品でした。

このサイズを彫るには男性の力が必要!

 

彫刻師は絵も描けなくてはならぬ。

その点、ミケランジェロは

どちらも天才だったわけですね。

じゃぁレオナルド・ダ・ヴィンチが

彫刻をしたらどうだったんだろう??

と想像してみたりして。

きっと繊細で神々しく美しくて

この世の物ならぬような彫刻作品が

生まれていたのではないでしょうか。

ただ彼は他にしたいこと、すべきことが

ありすぎたから彫刻をしなかった

と言うだけで・・・。

見てみたかったなぁ、と思います。

 

 

イタリアデッサンの額縁 8月16日

 

6月末に途中経過をご覧いただいた

デッサン額縁が完成しました。

麻布を貼り込んだマットを使って

イタリアの古い鉛筆デッサンを額装して

一段落でございます。

 

 

今回のデザインは額装するデッサンの

一部分にも使われている形を採用しました。

U字の連続模様は額縁や建築にも

よく見られるデザインです。

四隅には花模様を彫りました。

 

 

茶色に塗ってワックスでアンティーク風に

加工しただけの、シンプルな額縁ですが

やはり額縁は中に作品をいれると

落ち着くと言いましょうか、

額縁本来のすがたになります。

 

 

いかがでしょうか。

 

「works」内「classical」にこちらの額縁をアップいたしました。

どうぞご覧下さい。

 

 

庭にないなら 8月12日

 

先日、ルドゥーテの薔薇の

小さな模写が完成しました。

 

 

大輪の花びらが幾重にもなった

「これぞ薔薇」の花ではありませんが

一重で原種に近そうなシンプルな

そんな花もとても好きです。

 

 

もう夏真っ盛りになって

蝉が飛び交う我が家の庭には

(蝉爆弾炸裂で悲鳴を上げる日々)

薔薇など一輪もありませんので

絵で再現してしまえ、と言ったところです。

 

 

小箱4 8月09日

 

金箔シリーズ、ひとまず最後の

ご紹介は豆小箱3つです。

 

豆小箱は以前にもいくつか

まとめてご覧いただきましたが

ちがう趣で再度登場でございます。

写真の一番上のものは

純金箔をメノウ磨きしたまま、

アンティーク風にもせず

つやつやピカピカです。

中世~ルネッサンス時代に

作られた当時のような雰囲気です。

下ふたつにはワックスを使って

アンティーク風の仕上げをしました。

木地にボローニャ石膏

パスティリアと線刻、点刻で装飾

赤色ボーロに純金箔水押し

メノウ磨き

 

外側寸法:34×34×23mm

 

この小箱がどの程度に「豆」

かと申しますと、

指輪はまっすぐ入らない。

斜めにすると、ある程度の

装飾付き指輪がはいる、

そんな感じです。

小さいものがお好きな方には

たまらない可愛さのサイズです。

プロポーズに、記念日に、

贈り物をしのばせて

いかがでしょうか。

 

 

四苦八苦 8月05日

 

毎日毎日暑い中、何をしているのか。

 

三度の食事をして、なんならオヤツも食べて

出稼ぎに行ったり(修復の仕事や教室など)

自宅の作業部屋で何かを作ったり直したり

 

自分も家族も健康で衣食住そろって、

これは幸せとしか言いようがない状況です。

テレビでオリンピックを観て

戦いと勝利の疑似体験をさせてもらって、

ワクワクドキドキも十分にある。

 

だけどなぁ。なんだか。

いまわたしが求めているのは

穏やかなちいさな日々ではなくて

挑戦の疑似体験でもなくて、

「非日常を経験すること」なのです、きっと。

 

飛行機のチケットや滞在先を決めて

現地情報を集めたり準備をあれこれ始めることから

「服は何を持って行くか」

「あの教会を訪れる最短ルートはどれか」

「これは持って行くか現地調達か」

「あの人へのお土産は何が良いか」

など小さな幸せな悩みをたくさん抱えたい。

 

そして緊張と楽しみの、心からの

ワクワクドキドキを経験したいのです。

イタリアに行きたのです。

 

今現在イタリアにお住まいの

日本の方々のブログなどを読んでいますと、

帰りたいのに帰れない、

日本の家族の緊急事態で、小さな子供を

イタリアに残してひとりで一時帰国、

なんてことも書かれています。

 

行きたいのに行けない。

帰りたいのに帰れない。

どちらが辛いかと言えば当然ながら

帰りたいのに帰れない、でしょう。

 

 

・・・そうしてまた振出しに戻る。

「必要以上の行動ができない」から

ウダウダしているなんて。

お気楽能天気にも程がある。

分かっている。

そして、本当に本心から行きたいなら

無理をすれば行けない訳では無い、という事実。

実際に行っている人もいるのだから。

だけど。

いやはや。どうにもこうにもままならぬ。

 

そんなことを考えて

自分を説得するのに四苦八苦している

8月のはじめです。

 

 

デューラーの砂時計は 8月02日

 

1400年代後半から1500年代前半の

ルネッサンス期に活躍したドイツの画家

デューラーの、とても高い再現度で

原寸大に印刷された版画集を観ていました。

じつに細かいのですが、デューラーが楽しんで

熱中して制作した様子が伝わります。

 

寓意画でも有名なデューラーですが、

砂時計も好んで登場させていたようです。

砂時計の寓意は「限りある時間」でしょうか。

「人生の短さ」などもあるようです。

メメント・モリのひとつ。

▲ひげの悪魔が騎士に砂時計を見せている。

(画像はwikipediaからお借りしました)

 

デューラーの作品に出ている砂時計を見ると

そのどれもが必ず(わたしが見つけた範囲内で)

砂は、半分落ちて半分残っている。

「人生の半分がすでに終わってしまった」

なのか

「人生、まだ半分残っている」

なのか。

▲壁にはおおきな砂時計。

(画像はwikipediaからお借りしました)

 

さて、わたしはどちらだろう。

上の砂が、残された時間が、わたしに

どれくらいあるか知るのは恐ろしいけれど。

考えている間にも刻一刻と砂は落ち続けるけれど。

行きつく思いは「有意義に過ごしたい。」

それしか思い至らない今日です。

 

 

小箱3 7月29日

 

今日ご覧いただく小箱ふたつ

どちらも古典技法で

純金箔を水押ししていますが

仕上げを変えています。

 

 

左のイニシャルHの仕上げは

古典技法王道(?)で

メノウ磨き後に磨り出し、

ワックスでアンティーク風に。

 

右のひとまわり大きな小箱は

メノウ磨きをしてツヤピカに

輝かせた後、艶消しラッカーを。

すりガラスの向こうから

金の輝きが感じられるような

「半艶消し」になって

クリーンで涼しげな雰囲気です。

 

外側寸法:左小箱 61×53×33mm

     右小箱 89×58×39mm

 

どちらがお好みですか?

 

Firenze 2020-22 7月26日

 

フィレンツェ右岸にある

オニッサンティ教会ご紹介のつづきです。

ルネッサンス本場のフィレンツェにあって

珍しくバロック様式のエレガントな教会は

天井画もさすがバロックです。

▲18世紀の天井画はだまし絵になっている。

 円柱もテラスもすべて絵。

 本当にそこにあるみたい!

 

さて、この教会の宝物のひとつは

なんと言ってもこちら

ジョットの十字架磔刑でしょう。

 

 

ラピスラズリの青が鮮烈で

まるで先日完成したばかりのようです。

でも14世紀初頭の作品なのです。

設置された場所や照明の効果もあって

劇的な演出で観る者の心を揺さぶります。

 

完成当時、明日の食事をこと欠くような人々が

これを目の当たりにした時の驚愕と

神様に対する畏怖は、きっと現代のわたし達の

想像を絶するものがあるのでしょう。

打ちのめされるような

身も心もすべて委ねてしまうような。

自分の隣にイエス様を感じ、頭上に神様を

感じることを可能にする鍵のようなもの。

 

鑑賞後もなんだか呆然としてしまう。

ひょいっとあっけなく心を

持って行かれてしまったような感覚が

しばらく残っていました。

 

ギルランダイオの最後の晩餐が

見られなかったのは心残りですが

このジョット作品の感動を得られたので

心ここにあらずであっても

爽やかな気持ちで教会を後にしました。

 

フィレンツェでくり返し訪れる場所が

またひとつ増えました。

 

 

何か秘密があるのかい? 7月22日

 

夜、夢は見ますか。

 

わたしは幼いころからずっと

毎晩見る夢をひとつは覚えています。

夢を見る理由って脳の整理だとか

潜在意識の表れとか聞きますけれど

単純に自分が見る夢が面白くて

あるいは恐ろしすぎて

自分でも理解できていない内面が

大きいのだな、としみじみ思います。

 

 

今朝見た夢も、なかなか変でした。

自分は高校生、でも意識は現在のもの、

そしてクラスメートも現在の友人知人。

ポテトチップスを貪り食べるのです。

我ながらものすごい勢いでした。

どれだけポテチが食べたかったのだ。

そしてはっと気づいたら賞味期限が先月。

一緒に食べている友人に見られないように

必死でパッケージを隠す!・・・という

バカバカしいような意味深なような

夢でした。

 

なにかわたしの秘密が暴露される

などという暗示でないことを祈るばかり。

 

 

sansovino-2 7月19日

 

先日、白木を茶色に塗った双子の片割れ

サンソヴィーノは無事完成いたしました。

 

 

先に完成した「金&黒」と今回の「茶」を

並べてみると、同じサイズとデザインでも

仕上げが違うとこれだけ変わる、という

驚きと楽しみが見えました。

 

▲サンソヴィーノ額縁とは、16世紀イタリアで

流行したスタイルです。渦巻きとウロコが特徴。

 

 

シンプルながら悪くない・・・と

思ったりなんかして。

いかがでしょうか。

 

「works」内「classical」にこちらの額縁をアップいたしました。

どうぞご覧下さい。

 

 

額縁の作り方 35 布貼りマットをつくる 7月15日

 

額縁の作り方の番外編と言いましょうか、

今日は額縁本体ではなくて

マットの作り方のおはなしです。

 

紙の作品—デッサンやパステル、水彩、

写真など―を額縁に納める場合には

額縁のガラスと接しないように

作品を固定する必要があります。

マット(イタリアではなぜか仏語

パスパルトゥPassepartout と呼ぶ)で

作品を挟んで固定し、額縁に入れます。

 

最近は額縁店や画材店で無酸の紙ボードで

すぐに作ってもらうことができますが

今回はラワンの合板を使って自分で作ります。

と言うのも、変形で余白もほぼ無いデッサン

だからなのです。

 

今回はラワンの4mm合板を使います。

本来なら合板はマットに相応しくない

(接着剤などの影響が考えられる)かも

しれませんが、この作品はわたし自身の

持ち物であること、作品に影響等変化が

見られそうな場合にはすぐに対応できること、

経過観察も兼ねて・・・と言うことで

今回はラワン合板を使います。

 

▲まずは作品に合わせて窓の形をトレペに取ります。

 今回はイタリアの古い鉛筆デッサンを額装します。

 

▲そしてラワン合板に転写して形にくり抜きます。

 

▲線をととのえて、エッジを丸く削ります。

 

今回は薄い麻布を板に貼り込みます。

下の板の色が透けて見えますので

板にはアクリル絵の具で下色を塗りました。

▲薄いつや消しグレーに彩色

 

▲麻布にしっかりアイロンをかけてから

 貼り込み、のり代を残して布を切ります。

 

さて、経過観察するとはいえ

合板の影響は減らしたいのです。

作品がじかに接する部分には

アルミで裏打ちされた無酸紙の

シーリングテープでカバーしましょう。

▲裏側をととのえます。使ったのは

 スプレー糊とスティック糊。

 左の箱はシーリングテープです。

 

▲テープ貼り込み完了

 

▲作品をのせてみました。

 接するのはテープの部分のみ。

 

この後は、作品を中性紙ボードに

ヒンジで固定して合板でサンドイッチ。

写真撮影を忘れてしまいました・・・。

ヒンジ固定については下記のリンク

(株)絵画保存研究所さんの

「マットとヒンジ」をご覧ください!

 

 

長々したうえに尻切れトンボで恐縮ですが

これにてマットは完成でございます。

変形の窓が必要、好みの布を使いたい

などなどの場合にはご参考に。

ちなみに合板ではなく中性紙ボードを

くり抜いて布を貼っても制作可能です。

 

 

Firenze 2020-21 7月12日

 

フィレンツェのアルノ川沿い

ポンテ・ヴェッキオから下流方向に

すこし行った先にある教会

Chiesa di San Salvatore in Ognissanti

オニッサンティ教会があります。

 

町の中心部から少し離れていることもあって

留学中も含めて一度も訪れていない教会。

ですが、それはそれは素晴らしい教会で、

返す返すもなぜ今まで行かなかったのかと

自分を不思議に思うばかりです。

アルノ川右岸をてくてく歩く途中

風船お兄さん発見!幸先が良さそうです。

 

正面ファサードはバロック様式ですが

派手さが無く女性的でエレガントなのが

さすがフィレンツェ・・・なんちゃって。

 

 

内部は想像以上の装飾で、暗く重厚です。

目当てだったギルランダイオのフレスコ画

「最後の晩餐」がある部屋は残念ながら

午前中のみの公開で見られず。ですが

本で何度も繰り返し見ていたフレスコ画2点を

しつこくじっくり鑑賞できました。

どちらも保存修復されて色鮮やかで美しい。

 

ギルランダイオ「書斎の聖ジローラモ」

 

ボッティチェリ「書斎の聖アゴスティーノ」

ピンボケ!すみません。

それにしても教会内部が暗い・・・

 

この教会が有名な理由のひとつは

ボッティチェリのお墓があることです。

思えば大学生の頃、ボッティチェリに嵌り

フィレンツェを夢見るようになったのでした。

 

奥にある礼拝堂の角にあるお墓。

案内板が無ければ分からないような

質素なお墓なのが意外だけど、

彼の寂しい晩年を考えると理解できるような気も。

 

ボッティチェリに導かれて

フィレンツェとのご縁が持てたわたしです。

ボッちゃん(と親しみを込めて呼んでいる)

どうもありがとう・・・と感慨深くおもいました。

 

オニッサンティ教会、つづきます。

 

 

小箱2 7月08日

 

先日の「小箱1」に続きまして

「小箱2」シリーズを

ご紹介させてください。

前回のシリーズより

ひとまわり小さいくて

薄手のサイズです。

木地にボローニャ石膏

パスティリア(石膏盛り上げ)と

点刻印の装飾

赤色ボーロに純金箔水押し

メノウ磨き、ワックスによる

アンティーク仕上げ

蓋裏と内部に布貼り

 

 

外側寸法:75×48×22mm

2€コインと指輪をひとつ。

 

 

思い出のものをしまうために

いかがでしょうか。

 

 

もうひとつの sansovino 7月05日

 

2020年秋に作った双子のサンソヴィーノ額縁。

ひとつは石膏を塗って純金箔と黒で仕上げて

サンソヴィーノらしい強烈額縁になりました。

そして片割れのもうひとつは白木のまま放置し、

仕上げを迷いに迷っておりました。

 

完成したのは昨年。

そろそろどうにかせねばなるまいよ・・・。

オリジナル通り全面金にしてみる?

でもそれも完成が見えてつまらない。

じゃぁ、シンプルに茶色にしようか?

などと自分会議をしまして。

さっそく水性ステインのオーク色で塗ります。


 

そういえば、全面ただの茶色の

サンソヴィーノ額縁って

見た記憶がありません。

知らないだけで存在するのかな、

イタリアの方にとっては

ちょっと変な感じなのかしら、

と心配になりつつも

完成したらきっとかわいいですぞ!

 

 

裂地爛漫 違う方角からのアプローチ 7月01日

 

少し前のことですが、

いつもお世話になっている方から

素敵な本を頂きました。

以前にも茶箱の本2冊をくださった方です。

わたしの普段のアプローチとは違う方向から

心と意識を刺激するものを紹介してくださいます。

 

京都西陣にある茶道帛紗専門店「北村徳齋帛紗店」の

あつかう裂地を、短い文と美しい写真で紹介しています。

日本オリジナルの模様、中国の模様、さらに

インド、ペルシャ、ポルトガルから伝わった模様など。


額縁のデザインとは全く違うけれど、それでも

モチーフの配置バランスや色の組み合わせは

おおいに勉強になります。

 

お茶の稽古では裂地の名前を覚える必要があって

裂地にたいする興味もどんどん深くなります。

普段の稽古では「鶴岡間道」という落ち着いたチェック柄の

小帛紗を使っていますが、なんだか金襴や緞子、モールの

華やかな小帛紗が欲しくなってしまいました。

こんどいつか京都に行った時に北村徳齋帛紗店に

行ってみようかしらんと思い始めています。

稽古の励みに1枚だけ、ということにして。

この本を眺めながら、どれにするか目移りしています。

呑気でしあわせな悩みですな・・・。

 

「北村徳齋の仕事 裂地爛漫」

北村徳齋

株式会社 淡交社

平成29年9月29日 初版発行

 

 

小箱1 6月28日

 

小箱もだいぶ増えました。

制作過程ばかりをご紹介していましたので

完成品もご覧いただきたいと思います。

 

木地小箱はすべて桐の既製品です。

無垢材ですので、古典技法の

ボローニャ石膏下地をほどこし

仕上げています。

まずは古典技法らしい金箔シリーズを

ご紹介させてください。

上の写真には12個あります。

今日はそのうちの4つ。

木地にボローニャ石膏

線刻、パスティリア(石膏盛り上げ)

赤色ボーロに純金箔水押し

メノウ磨き、ワックスによる

アンティーク仕上げ

蓋裏と内部に布貼り

4つのうち3つは

外側寸法:78×57×39mm

 

楕円装飾のものは

外側寸法:78×57×31mm

(いずれも凸装飾部分は含まず)

ひとつだけ8mmほど低いサイズです。

サイズはおおよそですが

女性用腕時計をたたんで入れると

こんな感じです。

 

贈り物などにも

いかがでしょうか。

 

 

久しぶりに再開 6月24日

 

ここしばらく、グスターヴォさんに

教わったヴェネト額縁の

仕上げの小さな部分以外

彫刻から距離をとっていたのですが

久しぶりに「そろそろ良いだろう」と

再開いたしました。

 

 

半年以上本格的な彫刻から

離れていたので感覚が変!

あれ、どうするんだっけ・・・

とは大げさですけれど

腕慣らしが必要でした。

 

えーっと、ううむ、んん??

などと言いつつ。

 

やっぱり木槌を振り上げて

ガシガシと彫り進めるのは

楽しいのです。

 

 

これはなかなかよろしい額縁が

完成する予感です。

 

 

ようやく手に入れた 6月21日

 

成城学園前のアンティークショップ

atticさんにおじゃましましたら

ずっと前からほしかったガラス小箱が。

我ながらどれだけ小箱が好きなんだ?!

・・・と思いつつ。

 

 

このタイプの小箱は

「ヴィトリン」とか「ベベル」なんて

名前で呼ばれるそうですが

分厚いガラスを面取りして組んだ

美しいガラス小箱です。

骨董市などでたまに見つけると

数万円もして「ぎゃー」と逃げるのを

くり返しておりましたが

attic にあったものはなんと数千円!

それもそのはずリプロダクトなのですって。

でもそんなの構いません。

ガラスに程よく傷があって

佇まいもエレガントですもの。

アンティーク・骨董ではなくて

「古いもの」で十分でございます。

嬉々として連れ帰りました。

 

底の内張が黒い布で・・・それだけが

なんだかなポイントでしたので

水色の布貼りボードを仕込むことに。

▲黒い布底だと内部がとても暗い。

 

▲厚紙に青い布を貼って

箱底に両面テープで留めてしまう。

 

一番上の写真は仕込み後に

グスターヴォの左手を入れたところです。

イタリアの教会にある聖遺物風・・・

またもや家族に「こわい!」と叫ばれ

やめました。

 

 

気づけば窒息寸前 6月17日

 

小箱も少しずつ作っております。

 

ヨーロッパの古典技法を使った

小箱ではありますが

日本の模様を使ったものも

作りたい・・・と思いまして

天平時代のデザインを。

東大寺三月堂の仏様にある模様を

参考にしました。

▲天平時代の模様は地中海世界のものが

 シルクロードを通って日本にやってきたそうですから、

 バランスが洋風、アラブ風にも感じられる。

 

桐の小箱に下地を施し

ボローニャ石膏を塗り磨き

模様を線彫りしてから

アクリルグアッシュで彩色。

 

なにせ細かい模様なので

神経を使います。

▲この後にバックの色を塗ります。

 

じぃぃぃぃ~っと描き続け

はたと気づくとものすごい頭痛。

びっくりした!

呼吸をほとんど忘れておりましたよ。

窒息して酸欠になっていたのでした。

やれやれ。

いくら楽しくても息はしましょう。

 

 

Firenze 2020-21 6月14日

 

先日のパラティーナ美術館でのお話のつづき。

 

ラファエロなどの有名どころも

当然ですけれども画集で見るのとは

色の深みも迫力もなにもかも

別世界の美しさなのです。

▲ラファエロ「小椅子の聖母」目がくらむ。

 

▲いわゆる「カルトッチョ」額縁。

 これもフィレンツェらしい額縁です。

 絵と合ってるのかな・・・というのは

 余計なお世話ですか。

 

それにしてもこの美術館の派手さ。

赤い壁に保存状態の良い金の額縁

そこに絵画の発するエネルギーが加わり

なんと言いましょうか

心身ともに体調が良くないと吹き飛ばされます。

 

ある大広間にたどりつきましたら、あれ⁈

空っぽの額縁があるではありませんか。

これは確か、カラヴァッジョの作品の

額縁だったような記憶です。

この後3月、ローマでカラヴァッジョの

大回顧展が開催予定だったはず。

記憶はあやふやです。

いやぁ、こう言っては何ですが

空の額縁は絵が無いから額縁に集中できて

わたしなどには悪くなかったりして。

絵を見たかった方には残念ですけれど。

 

そして思い出しました。

数日前にボーボリ庭園から見えた様子

ピッティ宮殿の裏側の作業が見えたのですが

なにやら大きな作品を運び出していました。

なるほどね~ここからこんな風にして

作品の搬入出をしているのか!と

写真を撮ったのですが、おそらくは

この額縁に入っていた作品がちょうど

運び出されるシーンだったのかな、と

思いました。

 

この絵、もう今は自宅(つまりこの額縁)に

帰ってきて、のんびりと高いところから

眺めて暮らしているのでしょう。

ようやく美術館も再開しましたから

お客さんが戻ってきて、絵も額縁も

喜んでいるに違いありません。

 

 

もう寝なさい。 6月10日

 

どうもわたしは日ごろ

ひとりで作業しているからか

はたまた根っからの性格なのか

煮詰まりがちで、

そんなときは大抵作業も

上手く進まなかったり

失敗したりします。

・・・いえ、そんな頻繁に

失敗しているわけでは

ありませんけれども。

 

眉間にしわを寄せつつ家族に

「失敗した」などとブーブー訴えて

気を紛らわそうとしていると母は

「まぁ、そんなときは一晩寝るのねぇ」

とノンキな口調で言うのでした。

 

結局その日は手直しの準備だけして

違う作業をして一晩寝ました。

翌朝見ても、やっぱり失敗は失敗で

小人が夜中にこっそり直してくれているわけもなく。

でもまぁ、昨日思ったほど深刻でもないし

失敗の理由の整理がついたので直せるし

「もう同じ失敗は繰り返さない」と思えたし

一晩寝たことで煮詰まりも消えました。

 

分かってはいたことだけれど

寝ちゃって仕切り直しって

改めてわたしには効果的なのです。

この年齢になってもやっぱりまだ

母には助けられているのだわ・・・と

苦笑いの朝なのでした。

 

 

ヴェネト額縁はひとまず 6月07日

 

2020年2月にフィレンツェにて

木彫職人グスターヴォさんの

工房に通って制作した額縁木地は

帰国後に追加工をして

先日無事に完成しました。

勝手に呼んでいた名前

グスターヴォ額縁改め

ヴェネト額縁でございます。

 

 

なんたる派手。

額縁の中に見えている写真は

参考にしたオリジナル額縁

18世紀イタリア・ヴェネト州で作られたもの。

Roberto Lodi 著

Repertorio della cornici europea P.270掲載

 

▲技術的に足りないのはもちろん、葉の向きとか

 いろいろとオリジナルとは違う部分もあります。

 

すぐにアンティーク加工をしようと

企んでいたのですけれど、

完成してみたらなんだかこれも悪くない。

もう少し眺めて楽しんで

具体的にどうするか検討しようと思います。

 

実は完成前日に、ふと遠くから

離れて眺めてみたら気が付きました。

左下角、対で葉が足りない。

え、今気づくってどういうこと。

彫って、塗って、磨いて、

また塗って、貼って磨いて・・・

ここまでの作業中に一度も気づかなかった。

ちょっと自分が信じられないのですが。

 

そういえばフィレンツェで作業中に

わたしが「あ!間違えて彫りすぎた!」

と叫んだ時にグスターヴォさんは

「そんなのは後からリカバリーできる」

と確かにおっしゃったのでした・・・。

これを今、書いていて思い出しました。

 

ハハハ・・・もうリカバリー不可。

でもまぁ、それもまた思い出

と言うことにしよう・・・