top » diario

diario

ランチにバジルペーストを。 6月22日

 

庭のプランターに植えたバジリコ(バジル)が

茂りすぎて森化してきたので、

一株ばっさり収穫しました。


ザルに山盛り一杯。

これは Pesto di basilico バジルペーストを

作らずばなるまい!

空きビンに入れていた松の実と

チューブのすりおろしにんにく

生協のお手頃バージンオリーブオイルで

レシピも無く鼻歌まじりで作ったら

あら、けっこう美味しくできた?

でも片手ひとすくい程にしかなりませんでした。

あんなにあると思ったのにね!

 

自分の忘備として適当レシピ

バジリコ:大きいザルいっぱい

松の実:10粒くらい

にんにく:小さじ1/3

オイル:大さじ3くらい

塩:小さじ1と1/2

松の実はもっともっと増やして良いかも。

きれいな緑色、無添加ですから

塩はちょっと多めにしました。

 

パスタにするのもおいしいですけど、

トーストに塗るのと、ゆでたてホカホカの

タマゴやじゃがいもにつけるのが好きです。

 

それにしてもバジリコの花ってシソそっくり。

さすが同じシソ科なのです。

白身魚のカルパッチョに花を添えたら

おいしいかもしれませんね?

 

 

イタリア人が落とすのは生ハム 6月06日

 

先日、読んでいたものに

「イタリアには『目から生ハムが落ちる』

ということわざがある」とありました。

意味は「目からうろこが落ちる」と

同じだそうです。

 

イタリア人の目からペラリと落ちる

生ハム・・・

一方、日本人の目からはパラリと

うろこが剥がれ落ちる。

その様子をお互いで見てびっくり!

なんて。

 

イタリア人と日本人、どこかで

似た感性を持っているのですね。

なんだか笑いつつ嬉しくなりました。

 

 

トッポジージョの穴 3月23日

 

金箔を水押しで貼り終えたら小さな穴や破れを繕います。

わたしは「つくろい」と言いますが

つまり小さな箔片で穴うめをします。

箔板に数ミリ角の箔片をたくさん切って準備し、

左手には水用の筆、右手には箔を運ぶ筆を持つと

両手使いで「穴に水を置き箔を乗せる」 という

一連の流れがスムーズに進みます。

イタリア留学時代、額縁師匠マッシモ氏にある朝

“Allora,fai ai topi.”と言われました。

「ネズミをしなさい」?

しばし考えて「金箔の繕いをしなさい」と気づきました。

Topo とはイタリア語でネズミの意味です。

トッポジージョはネズミのジージョなのです。

日本で言う虫食い穴のことをイタリアでは

小ネズミ達がかじった穴と呼ぶのでしょうね。

トッポジージョがクネクネしながら

金箔額縁をかじっている絵を思い浮かべたら

ひとりニヤニヤしてしまいました。

 

 

ブコの額縁 1月08日

 

先日の銀箔額縁に続いて、これもまた忘れられていた額縁。

おまけに作ったのはもっと以前のことです。

イタリアから帰ってきてまだ数年だったころ、

フィレンツェの額縁師匠マッシモ氏に教わった

古色作り方法を試してみたくて作った額縁です。


額縁のタイトルは「kin-buco-1」と付けました。

穴のことをイタリア語で buco(ブコ) と言います。

(本当なら沢山の穴で複数形 buchi ブキとつけるところですが

ブコのほうが音がかわいいので単数で!)

金箔を水押しで貼り磨き、きれいに仕上げたところに

古色付けで木地に届くほどの穴を石膏地に作りました。

磨り出しや傷作りも強くして、穴にワックスを磨り込んで

かなりボロボロ&コッテリ風味の仕上げです。

トライポフォビアの方はイヤかもしれません。


写真やシンプルな版画作品などを入れても

悪くないかなぁ、と思っているのですが

いかがでしょうか。

 

「works」内「classical」にこちらの額縁をアップいたしました。

どうぞご覧下さい。

 

 

№88 Fujiwara No Okikaze 11月17日

 

イタリアのお土産でいただいたチョコレート“Baci”は

イタリアのキオスクでも一粒ずつ売っているような

なじみ深いお菓子です。

baci-2

“Baci”はイタリア語で「キス」の意味だからでしょうか

中には愛のメッセージが一枚入っています。

今日気づきましたが、箱には“Baci”複数形、

チョコレート一粒ずつにはちゃんと“Bacio”単数が印刷されています。

「箱にはキスが沢山入っている」のですものね。

 

わたしが食べたものに入っていた紙片には

“Quanto è grande il mio amore? Prova a contare le onde.”(伊)

“How mauch I love you? Count the number of waves.”(英)

No.88  Fujiwara No Okikaze

とありました。

「我が恋を知らむと思はゞ田子の浦にたつらむ波の数をかぞへよ 」

後撰和歌集にある藤原興風の詠んだ歌です。

イタリアのお菓子に日本の恋の和歌が入っている・・・とても嬉しいです。

イタリアの感覚ではどう受け止められているのか感想も気になります。

 

それにしても、上の和歌を訳すとこうなるのか!

なるほどなるほど。これまた興味深いです。

海外の方は「田子の浦」はご存じありませんからね。

ちなみにイタリア語で日本の古文にあたるラテン語に機械で訳すと

“Quantus est amor meus? Numera fluctus.”

現代イタリア語より短くなって、

より和歌に近い雰囲気に感じます。

 

 

Bocca della Verità a Kamakura 12月14日

 

シリーズにするつもりもありませんでしたが

気づけば第3弾になる“真実の口”シリーズです。

 

今回も田町と同じ占いマシーンと化したトリトン。

Bocca della Verità. (Bocca・・・くち Verità・・・真実)

DSC_6197

右上には「良く当たる!!イタリア製」の文字。

イタリア製?!

「ラブ運 マネー運 健康運 仕事運 生活運」を占えるとか。

5種類も選べる?!

わたしなら何を占ってもらいましょうか。

仕事運もマネー運も健康運も気になるけれど(生活運とは?)

やはりイタリア製の占いならラブ運でしょう。

俄然気になり始めました。

こうなったら100円を握って田町の飲み屋街にある

トリトンに会いに行くしかありません。

・・・挫折しそうですけれど。

 

微笑ましいような物悲しいような

日本の街角Bocca della Verità シリーズ第3弾をお届けしました。

第1弾 http://www.kanesei.net/2011/03/21.html

第2弾 http://www.kanesei.net/2013/10/31.html

 

 

イタリアの小さな工房めぐり 9月17日

 

家族が衝動買いで持って帰ってきた本

「イタリアの小さな工房めぐり」をご紹介します。

イタリアには個人経営の手仕事工房が、今も現役で活躍しています。

こうした工房を紹介する本は沢山でていますが

また新しい本が登場し、手に取ったら最後。

我が家の本棚に加わりました。

bottega-italia (2)

紹介されてる工房は、イコン画工房、聖像工房といった

カソリックの国らしい工房、またはオカリナ工房(オカリナは

イタリアが発祥だとか!)やハンドメイド自転車工房

(さすがジーロ・ディ・イタリア開催の国)なども。

そしてもちろん!フィレンツェの額縁工房が登場です。

bottega-italia (3)

紹介されている額縁工房は、このブログでも何度か登場している

老舗額縁工房 MASELLI(マゼッリ)です。

古典技法額縁の作り方の流れが紹介もされていますし、

イタリアの人たちにとって額縁がどんな存在なのか

マゼッリ氏のお話から感じることができます。

 

作業風景の写真の中で、箔を切っている場面がありました。

箔床(箔台)に金箔を直接乗せず、紙を挟んだまま

ナイフを当てています。

bottega-italia (1)

実際の作業時に紙の上で切るとは思えませんし

おそらく説明するためのポーズと思われます。

 

他にもハープ工房、製本工房に鍛冶工房などなど

訊ねてみたい工房が沢山!

紹介されている工房の半分はトスカーナ州ですので、

この本を片手に気ままな旅をしたいなぁ・・・と

夢を広げています。

 

「イタリアの小さな工房めぐり」とんぼの本シリーズ

著者 大矢麻里

株式会社新潮社

2015年6月30日 第1刷発行

 

 

 

昭和46年8月18日水曜日 8月17日

 

頂き物の骨董には古い新聞が詰められていました。

昭和46年8月18日土曜日の読売新聞です。

今から43年と364日前、夏の新聞。

2015-03-06 16.36.17

7面には映画の紹介がありました。

「-イタリアのメロドラマ- ベニスの愛 近く公開」

2015-03-06 16.36.48

古い映画です。初めて聞いたタイトルでしたが

ヴェネチアが舞台の映画ときたら!早速観てみました。

イタリアでもヒットして、いくつも受賞したとか。

anonimo-veneziano

今は別れて暮らす夫婦が数年ぶりに会って

お互いに探るような質問をして道端で激しい口論をしたかと思えば

しあわせだったころの思い出話をして笑いあったり。

展開はゆっくりですが、過去と現在の行き来、喜怒哀楽の激しさで

観ているわたしは感情がついていけない場面もちらほら。

ほとんどのシーンがふたりの会話で進んでいきます。

やがて夫が不治の病で余命も短いことを打ち明けて・・・。

 

これぞメロドラマ中のメロドラマ。

音楽も舞台も設定も なにもかもがロマンチックなのでした。

わたしが好きなマルチェッロのアダージョが使われていますが

以前お話した映画「ソフィアの夜明け」にも

バッハの編曲によるコンチェルト974をグールド演奏で使われました。

この「ベニスの愛」でも「ソフィアの夜明け」でも

とても大切なシーンで使われている曲です。

たしかにとても心揺さぶられる曲なので

この曲の持つ力も感じられるのでした。

Anonimous_venetian

この映画、邦題は「ベニスの愛」ですが

オリジナルは「anonimo Veneziano」

訳すと「名も無いヴェネチア人」とでも言いましょうか。

この違いも面白いですね。

 

昭和46年の夏 この映画を映画館で見た人たちは

どんな感想を持ったのでしょうか。

原題の意味も知る機会があったでしょうか。

なににせよ、この映画を観てヴェネチアへの旅に出た人も

きっといたはず!と思っています。

 

 

もうですか? 11月10日

 

11月になってすぐ 近所のスーパーマーケットへ行ったら

すでに山積みになっていました。

イタリアのクリスマス菓子 PanettoneとPandoroです。

さっそくひとつ買い物かごへ入れました。

クリスマスのいろいろ商戦 年々早くなっている気がします。

きのう通りかかったお宅では すでにイルミネーション点灯していました。

pane

「もうクリスマスの準備でパネトーネですってよ 天使ちゃん!」

「待ちきれずにクリスマス前に食べちゃうでしょ きっと!」

 

 

Bocca della Verità a Tamaci 10月31日

 

田町にあるイタリア料理店の前でみつけた“真実の口”

Bocca della Verità.

数年前に渋谷で見つけたバージョンは

ただのオブジェでしたが

http://www.kanesei.net/2011/03/21.html

こちらはなんと 占いマシンなのでした。

それも手相占いですって!

古代ローマにも手相占いがあったのか

そんなことは関係ないのです。

kako-ZH2HI7LJXegMhQNl[1]

100円を入れれば トリトンが口の中で手相を占ってくれる・・・

“真実の口”から出される答えなら 当たっていそうですが。

こんど気が向いたら ひとりきりの時にでも占ってみます。

 

ファイル:Bocca della verita.jpg

(wikipedia よりお借りしました)

ちなみに上の写真がローマにあるオリジナル

“真実の口” Bocca della Verità

田町のほうが怖そうな顔ですね。

オリジナルは・・・何百年も人々の「嘘と真実」を見て

達観したかのような表情。

 

 

くちなしの花の香り 6月17日

 

先日 雨がまだ降っていないカラ梅雨の頃に

駅からの帰り道では そこかしこのお庭から

くちなしの花の甘い香りが漂っていました。

香りのある花は 形が見えなくても確かな存在感があって

「ああ 今年もこの花の季節がやってきた」と強く思います。

800px-Gardenia_jasminoides_in_Mount_Yagi_2008-06-13[1]

くちなしの花で毎年思い出すのは 映画「旅情」です。

1955年公開の キャサリン・ヘプバーン主演作品。

舞台は初夏 くちなしの花の季節のヴェネツィアです。

この映画でふたりの男女が出会って 初めてのデートのシーン

そして最後の別れと旅立ちのシーンで

男性から女性へ くちなしの花が贈られるのです。

(正確にはラストシーンでは渡せないけれど。)

男性が女性へ贈る花と言えばバラをイメージしますが

小枝に一輪咲いたくちなしの花を贈るシーンが新鮮で

「ちょっとした贈り物」の感じがとても印象的でした。

 

この「旅情」は 大学時代にイタリア語の教授が

紹介して下さったのですが

「ヴェネツィアを舞台にした映画は沢山ありますが

『旅情』が一番ヴェネツィアらしい雰囲気が表現されています」

と話しておられたのが知るきっかけでした。

映画の中の明るい初夏の日差しと輝く海 賑やかな広場や明るい人々

そしてロマンチックで切ない物語・・・

わたしにとって今も 繰り返し観る映画のひとつです。

124566656395016416702_MP008

 

 

 

francobolloはどこから来たのか 4月22日

 

ふらりと立ち寄った地元の文房具店で見つけた

イタリアモチーフのシールには

ミラノ・ヴェネツィア・フィレンツェ・ピサ・ローマ

5都市の古い写真や図柄を切手風に仕立ててあります。

見付けたとたん握りしめてレジへ直行!でした。

ピサの斜塔 ヴェネツィアの大運河 ミラノのドゥオーモ

ローマ建国神話のロムルスとレムス そしてフィレンツェのヴェッキオ宮・・・

francobollo2

今は無きイタリア通貨「リラ」の切手シールもありました。

留学当時 イタリアから日本へハガキや手紙を送る際に

いつも使っていた切手650リラがあって感激でした。

下の写真の赤い半円アーチの切手(シール)です。

francobollo1

ちなみにイタリア語で切手は francobollo(単)フランコボッロと言います。

フランス語 スペイン語 ポルトガル語にラテン語

はたまたクロアチア アルバニア チェコ チュニジア・・・

いずれの国でも francobollo と近しい単語で

切手を指す言葉はみつけられませんでした。

いったいどこから来た単語なのでしょうか??

 

 

審判の歯 2月04日

 

突然ですが 親不知の歯はありますか?

 

イタリア留学中に 右下顎に生えかけていた親不知が

突然痛み出して 歯医者さんに駆け込んで

抜いてもらったことがあります。

とても腕の良い大学病院の先生で

変な角度に生えていた歯はすっかり抜けました。

 

ところで・・・

イタリア語で親不知の歯を何と呼ぶかというと

「審判の歯」(Denti del giudizio) と言います。

(denti・・・歯(複) giudizio・・・審判)

なんとも重々しい名ですね。

生えるか生えないか・・・知る由もなく

審判を受けるようなこと ということでしょうか。

親不知が痛み出したころ ミケランジェロのフレスコ画「最後の審判」を

イタリア語で「Il giudizio universale」と呼ぶことを覚えたばかりで

親不知と一緒になって忘れられない単語になりました。

 

 

Cannolo 11月12日

 

お皿に乗って 薄紙からのぞく真っ赤な目玉。

シチリアの伝統菓子「cannolo」(カンノーロ)です。

サクサクの生地にリコッタチーズのクリームがたっぷりで

チェリーが飾られています。

軽い食感につられますが カロリーは相当なもの・・・。

分かっちゃいてもやめられない美味しさ。

 

包を開いてみても

両側に真っ赤な目が付いた

ひょうきんな顔のお菓子でした。

 

 

 

使う目的は無いけれど 11月24日

 

イタリアのフィレンツェに住んでいたころ

月に一度 アパートの近所にある広場で

アンティークマーケットが開かれるのを楽しみにしていました。

本物の骨董品から いわゆる「古いだけの雑貨」まで

ありとあらゆるものが山積みになって売られています。

何も買わなくても さまざまな雑貨を手に取って眺めたり

古い児童書を立ち読みしたり (今思えば迷惑でした・・・)

にぎわう雰囲気も楽しい市場でした。

その中でも 壊れた家具や部品を売っている店を見るのが楽しくて

あっという間に時間が過ぎてしまいます。

家具の修復を勉強していると言うと値引きしてくれたり。

 

下の写真の彫刻は 山積みの部品の中から買い求めたものです。

おそらく家具の側面にあった装飾でしょう。

対になっていたはずですが ひとつしか見つかりませんでした。

買ったのは良いけれど使い道もなくて

(そもそも「使う」必要もないのだけれど)

いまは作業部屋の棚の上に飾っています。

彫刻職人の手彫りの跡を見ると

気持ちも暖かになります。

 

antique11

 

 

教会前広場にて 前世紀の初夏 5月19日

 

フィレンツェのサンタ・クローチェ教会前の

広場から撮った写真です。

見上げた空はこんなに青かったのですね。

輝く街灯の装飾 真っ白な雲はハート型。

時期は忘れました。

きっと留学最後の年 1999年夏の始まりだったと思います。

sora

.

わたしの額縁 故郷 4月28日

 

イタリア フィレンツェのサンタクローチェ教会から

程近いところにある額縁店。

マッシモ・フランカランチ氏の工房兼お店です。

このお店の奥にある工房で毎日4時間

額縁製作を手伝い 学びました。

bottega-1

整理整頓もあまりされておらず 目立つお店ではありませんが

個性があり 職人を近くに感じられる穏やかな

そんな工房兼お店です。

 

わたしの額縁製作の出発点。

bottega-2

Corniceria dell’Agnolo di FRANCALANCI M.

VIA DELL’ AGNOLO 17 R
50122 – FIRENZE (FI)

.

セピア色のサンタ・クローチェ教会 4月18日

 

変色した古い写真葉書は アンティークショップで偶然見つけました。

イタリア・フィレンツェにあるフランチェスコ会のバシリカ 

サンタ・クローチェ教会です。

 

教会の左側の道から広場を突っ切って

Borgo Santa Croce (サンタ・クローチェ通り)にある学校

“Palazzo Spinelli” へ通っていました。

撮影した時期は不明ですが 私の記憶にある

サンタ・クローチェ教会と変化は見つかりません。

思い出深い場所。

どんどん遠くなる記憶・・・

firenze-chiesa-di-scroce-monumentoa-dante

Bocca della verita 3月21日

 

東北関東大震災から10日目。

停電や交通機関の乱れ等続いていますが

東京での生活はほぼ日常に戻りました。

元気な私たちがしっかりと頑張らねば・・・。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

渋谷でみつけた“真実の口”

Bocca della Verità.

本場ローマのものよりも目が寄り気味です。

日本風に歌舞伎の見得を真似てみたのでしょうか??

bocca-della-verita

「よっ 羅馬屋!」

.

不思議絵葉書 5 1月20日

 

水の都ヴェネツィアにあるカフェ・フローリアンは

1720年創業 ヴェネツィア最古のカフェです。

インテリアもとても優雅で 美術館のよう。

この絵葉書の部屋は「中国の間」と呼ばれているとか。

一見 美しい部屋を広告用に撮影した写真に見えますが

じっと見ていると 不思議な感想が沸いてきます。

誰ひとりおらず 真空になったような空間

ガラス越しに撮影したせいで 写りこんだらしい

奇妙な2点の光

薄暗い天井の角の陰

壁に描かれた絵の 空の異様な青さ…

正面の鏡には 写るべきはずの

撮影者の姿は見えません。

caffe-florian

Caffe Florian, VENEZIA-Piazza S.Marco

薔薇の雫 12月02日

 

薔薇色のちいさな粒には

甘いシロップが入っています。

ほんのりと薔薇の味。

イタリア北部の街 ジェノヴァにある老舗が

一粒ずつ丁寧に作った伝統菓子です。

見た目の愛らしさもさることながら

寒い日に口に入れれば 少しだけ

心が温かくなるような そんな味でした。

romanengo

Pietro Romanengo

イタリアで知った味 10月07日

 

イタリアからのお土産でいただいたのは

黒トリュフの香りのオリーブオイルと

ケッパーのペーストです。

どちらもパンにつけてシンプルに味わっても

パスタのソースに使っても美味しいとか。

ケッパーの美味しさはイタリアで知ったと言っても

過言ではないわたしです。

秋は まず食欲から!

da-mercato

 

 

緑白赤 8月16日

 

真っ赤なさくらんぼがのったタルトは

ピスタチオの緑色と 粉砂糖の白で

イタリアの国旗を思わせます。

 

イタリアの料理は季節ごと 地方ごとに特色があり

ご存知のようにとても美味しい料理です。

日本料理とどちらが美味しいか?などというのは

比べるよしも無く 愚問ですね。

でもケーキ類だけは・・・

わたしは日本のケーキが好きです。

自分の生い立ちを実感させられます。

la-torta1

私にとってのフィレンツェ 7月26日

 

「イタリアはあなたの第二の故郷でしょう?」

と先日友人に言われました。

その時は否定したのですが

思い返してみればやはりイタリアは・・・フィレンツェは

わたしにとっての第二の故郷と言えるようです。

3年間という短い時間を過ごした場所ですが

日々の生活のすべて 楽しいことと辛いことを凝縮して

経験することが出来た場所は特別です。

いまも道半ばですが

わたしという人間を成長させる足がかりをくれたフィレンツェは

故郷と呼ぶにふさわしい場所なのかもしれません。

 

パリやロンドン ニューヨーク・・・

留学先の候補に挙がりそうな場所は沢山あったのに

まったく迷いなくフィレンツェに決めました。

人と人がご縁で導かれ 引き寄せられるように

人と街のご縁もあるだ と思う他ありません。

フィレンツェを第二の故郷と思える私は

とても幸せです。

 sora2-1

Che cosa e`? 7月22日

 

che

真っ白でみずみずしく なめらかな艶のあるもの。

これは一体何でしょう? ”Che cosa e`?”

 

165-23

玩具南瓜の一種か未確認生命体の幼生ようですが・・・

答えは 白ゴーヤ でした。

我が家の庭で「緑のカーテン」として活躍中の

白ゴーヤが実りました。

一般的な緑のゴーヤに比べて水分が多く苦味が少ないので

桜海老やきゅうりと酢の物にしてシャキシャキと頂きました。

強烈な日光を柔らかく遮り 収穫の楽しみや

美味しさも届けてくれるゴーヤのカーテン。

これから毎夏の楽しみになりそうです。

 

ゴーヤはイタリア語で何というのでしょう。

zucchine amaro なんて言うのでしょうか。

(amaro・・・「苦い」「苦味のある」)

ちなみに大根は daikon と日本語で

白菜は Chinese Cabbage とこちらは英語で

市場で売られていたのを見たことがあります。

イタリアのマンマ達はこの外来野菜をどのようにして

調理していたのか 今頃気になっています。

格子窓の風景 送らなかった便り 12月11日

 

イタリアに住んでいた頃はコンピューターを持っておらず

日本の友人には手紙や葉書を書いていました。

友人を思い浮かべながら 一枚一枚ペンで書く便りは

PCメールより気持ちが篭もっていたようです。

また日本から届く手紙も 海を渡って来たかと思うと

ひときわとても貴重で大切な物に思えました。

当時の手紙はすべて大切にしまってありますが

まだ読み返す気持ちにはなっていません。

おそらく・・・お婆さんになった頃に 穏やかな気持ちで

なつかしく切なく読み返し 思い出に浸ることができるでしょう。

 

先日どこから迷い込んだのか 引出しの中から

フィレンツェで買って結局出さなかった葉書が出てきました。

パラッツォ・ベッキオの格子窓からドゥオーモを見た風景葉書。

今はもう存在しない通貨「リラ」の切手800リラが貼ってあります。

ジャズフェスティバルの記念切手のようです。

hagaki-21

でも 良く見ると端に画鋲の跡が。

切手も貼って準備したけれど この写真が気に入って

結局使わずに部屋に飾った記憶が蘇ってきました。

何を書いて誰に送ろうと思っていたのか・・・。

hagaki-13

今でもこの葉書の写真をみると

フィレンツェでの良い思い出も辛い記憶も

さまざま思い出されるようです。

船に揺られて その3 11月10日

 

水の都で船に揺られてシリーズ最終回は

ヴェネチアでは無くてはならない乗り物 ゴンドラです。

観光で訪れたら なにはさておきゴンドラに一度は乗ってください。

大運河カナル・グランデから細く迷路のような水路を縦横無尽に

ひっそりと音も無く進むゴンドラに乗るのは

ほかのどこの街でも体験できない情緒です。

以前こちらのブログhttp://www.kanesei.net/2009/07/08.html

お話した「見上げながらの散歩」のように

ゴンドラでも上を見上げてみることをお勧めします。

ルネサンス時代から変わらない建物に挟まれた薄暗い水路で

水音と櫂の漕ぐ音の反響を聞きながら

いにしえの時代に思いを馳せるのです。

gondola

船に揺られて その2 11月09日

 

ヴェネチアの交通手段でひきつづき。

大急ぎのとき なおかつお金に余裕があるときには

水上タクシーという手段もあります。

ゆっくり進むヴァポレットや 観光客を乗せたゴンドラを尻目に

モーターボートの快調なスピードで進むのは爽やかです。

何世紀も昔からかわらない建物の間を駆け抜けると

まるでモーターボートが密封されたカプセルになって

自分だけ時間の進み方が高速になったような感覚になりました。

taxi

船に揺られて その1 11月08日

 

水の都ヴェネチアを観光するには 歩くのが一番ですが

ちょっとした移動には水上バスを使います。

vaporetto 「ヴァポレット」と呼ばれており 

市民にも観光客にも大変便利な移動手段です。

船ならではのゆったりとした気分も味わえて

移動目的だけではなく 大運河の眺めを楽しめます。

 vaporetto

朝早い時間に乗った時 まだ静かな運河の上には

霧がうっすら立ち込めており その両側に浮かび上がる

ヴェネチア特有のゴシック調の邸宅は

朝日を受けてピンク色の靄に包まれていました。

あの美しさは忘れられません。

viva nutella! 9月13日

 

ヌテッラ。イタリアで生活したことのある方は

おそらく一度は目にしたことがあるであろう「nutella」です。

ヘーゼルナッツとチョコレートのスプレッド。

味はご想像の通りです。

パンにつけて食べるのはもちろん

街の小さなお菓子屋さんではヌテッラクリームのパイ

「la torta di nutella」なんて物も普通に売られていたりします。

おそらくイタリアの人達にとっては

幼い頃の記憶と強く結びついた食べ物だと思います。

こんなビン入りだったり アニメのキャラクターが

印刷されたコップ(食べ終わったらコップとして使える)で売られていて

子どものいる家庭で常備していないところは無さそうです。

イタリアでたった数年間暮らしただけの私も

この「nutella」のロゴを見ると懐かしさで一杯です。

 

だんだん涼しくなって チョコレートが益々美味しい季節ですね。

nutella

M&P 9月03日

 

フィレンツェには額縁工房が想像を超える数存在します。

また額縁制作にともなう木工所や彫刻工房なども含めると

大きくない町なのに額縁に関りのある職人さんは驚くべき数です。

それだけ需要があるということなのですね。

そのような環境の中でも 東洋の女性留学生を

受け入れてくれる額縁工房がいくつあるかといえば 

残念ながらそう多くはないのが現実でした。

第一に家族や個人単位の極少数で経営する工房が多いこと

そして当然ながら学生を受け入れれば

余計な仕事も負担も増えると考えるのが当然です。

わたしを受け入れてくれたマッシモ氏の工房も

マッシモ氏とパオラ夫人の二人で作業を進める小さな工房です。

今思えば ある日突然「額縁制作の勉強をしたいから

手伝わせて欲しい」などと図々しく押し掛けて行ったわたしを

よくぞ受け入れてくださったことと改めて感謝の気持ちで一杯です。

 

わたしが通っていた専門学校では2年生になった時から

工房で実地の修行をすることを奨励していました。

もちろん無給ですが商売の現場に乗り込むわけです。

とは言え学校が工房を紹介するわけでもなく 学生自身が

目指す工房を直接訪ねて(それこそ自己責任で)許可をもらいます。

マッシモ氏の工房はサンタ・クローチェ教会近くの住宅街の角に

小ぢんまりとした店構えで佇み ショーウィンドウには

アンティーク加工した色とりどりの額縁大小が並び

そして店のカウンターにはヒゲ面ギョロ目(本当なのです・・・)の

マッシモ氏が仏頂面で接客しているのでした。

ドアを開けるときの緊張を今も思い出します。

その日から留学を終えて帰国するまでの2年以上の日々

毎日半日をマッシモ氏の工房で過し  額縁に接し

学校では学べないことを教えて頂だくという

今のわたしを形作る何物にも変え難い時間を過すことが出来ました。

工房外でもまるで両親のように心配し イタリアで暮らす上での

諸々のことを教えてくださいました。

mp

帰国する挨拶に工房に伺うと マッシモ氏が工房の奥から

ひとつの額縁を持ってきて贈って下さいました。

それがこの額縁なのですが・・・

工房にお世話になり始めたばかりの頃 まだ覚束ないわたしに

この額縁の彩色装飾の仕事が与えられました。

完成はさせたものの 堅い線から自信の無さがにじむ結果に。

結局お蔵入りになってしまった苦い思い出の額縁でした。

挨拶のその日 マッシモ氏がアンティーク加工をして仕上げ

裏にご夫婦でメッセージを入れて記念に持たせてくださったのです。

口数の少ないマッシモ氏の「初心忘れるべからず」とのメッセージのような

思い出が沢山つまった額縁です。

mp2

「裏通り」ならぬ・・・ 9月02日

 

ヴェネチア住宅街の「裏通り」ならぬ「裏水路」です。

こうした細い水路が家々のすぐ裏にもあります。

自家用車やオートバイを路上駐車するかのように

ここではボートが水路上駐”船”しています。

水路のうえに洗濯物を干していますが

なかなか乾かないでしょうね。

venezia-1

二十歳の思い出  誕生日に寄せて 8月30日

 

古いフィレンツェのハガキです。

裏面に1930年とありますので 80年近く昔の様子。

ウフィツィ美術館前からポンテ・ヴェッキオに通じる川沿いの道です。

写真に写っているお店はジュエリーか銀製品のお店のように見えますが

10数年前の私の記憶では・・・ジェラートのお店に替わっていました。

お店の右側の低い塀に腰掛けて初めてフィレンツェで食べたジェラートの思い出です。

20歳になる8月 とても暑い夏でした。

フィレンツェの街はお店が入れ替わっても建物や道は変わらないまま。

でも確実にわたしの二十歳の思い出のフィレンツェとは変化があるはずです。

そしてわたしもこの思い出の当時から過した歳月のあいだに

数多くの経験と出会い 失敗や成功を繰り返してきたわけですが・・・

良いこと悪いこと それら全てが今のわたしを形成しているのだ!と

今更ながら感じることが多くなってきたこのごろです。

10年後の自分のためにも 今を大切に生きなくては。

card-firenze1

2009年の夏はそろそろ終わりですね。

移動彫刻師 8月24日

 

フィレンツェのサンタ・クローチェ広場で見かけた彫刻師です。

リヤカーのような移動できる台車に乗せています。

ルネッサンス時代の衣装をまとって 使う道具も昔風。

弓にキリを取り付けた穴あけの道具のようです。

きっと大理石彫刻工房の宣伝ですね。

彼はなにかを説明するでもなく もくもくと作業をしており

衣装の派手さと対照的な朴訥とした様子が

また職人らしいと言いますか・・・。

夏の観光客にとって面白い小さなショーでした。

intaglio

下町の風景 8月21日

 

水の都ヴェネチア・・・優雅で情緒溢れる街です。

観光で訪れた方も沢山いらっしゃるのではないでしょうか。

街の中心はサン・マルコ広場周辺ですが

もっと東の方へ足を伸ばしてみたことがあります。

カフェの常連客のおじいさんや小ぢんまりした教会前広場で

駆け回る子供 その様子を見守るお母さんなど

観光客もおらず そこで生活している人々の息づかいが感じられる地区です。

こんなところまで観光客の私が入り込んでしまって

現地の方達の日常を邪魔してしまったかもしれません。

 

道を挟んで窓から窓へ洗濯物を干す風景は

イタリアの下町でよく見かける風景ですが

まるで運動会の万国旗のようにカラフルに大量の洗濯物が

(モノクロのフィルムしか持っておらず残念でした・・・)

はためく様子が可愛らしく とても平和な気分になりました。

venezia-2

静かな別世界 8月04日

 

フィレンツェは街全体が世界遺産に登録されているとおり

街並みは美しく 古い建物も大切にされています。

私が住んでいた家から修復学校への通学路は

フィレンツェの名所旧跡のダイジェスト版ツアーのようなものでした。

サンタ・クローチェ教会の横を通りバルジェッロの角を抜ける日もあれば

シニョリア広場を通ってポンテ・ヴェッキオを渡る日も…といった具合です。

フィレンツェの象徴であるドゥオーモを目にしない日はありませんでした。

いま改めて 贅沢な時間を過ごせたことを感謝しています。

そんな毎日の生活の中で一番身近だったのはサンタ・クローチェ教会です。

イタリアの教会はどこもそうですが 外の明るい日差しに比べて

内部は驚くほど空気が違います。

薄暗くひんやりとしています。

別世界のような静かな空間に座っていると

外国生活で疲れた心も徐々に落ち着いてきたのでした。

教会前の広場では友人達と座り込んで何時間もお喋りをした

フィレンツェの中でも私にとってとても思い出深い場所です。

下の写真は夜にライトアップされたサンタクローチェ教会。

暗闇に堂々と建つ白い大理石のファサードが美しく見られる時間です。

scroce

石畳に映る風景 7月22日

 

フィレンツェの住宅街はアスファルトが敷かれている道もありますが

街の中心部ではほとんどの道が石畳です。

車に乗っても自転車に乗っても 石畳のデコボコが

明確なリズムになって身体に伝わってきます。

でもハイヒールで歩くのはあまりお勧めできません…。

 

古い石畳には長年の風雪と人馬の脚によって出来たであろう

窪みがそこかしこにあります。

雨が降ると水たまりにもなります。

雨の日の昼過ぎにウフィツィ美術館前にあった水たまりを見たら

パラッツォ・ベッキオの塔が映っていました。

pioggia

今日の東京 日食は観られるのでしょうか・・・?

羽のゆくえ 7月16日

 

フィレンツェで古典技法額縁製作の修行をさせて頂いていた

マッシモ・フランカランチ氏の工房があるのは

サンタンブロージョと呼ばれる教区の一角です。

これはサンタンブロージョ(サント・アンブロージョ)教会のある地区という意味。

マッシモ氏の工房ではもちろん新しい額縁を作るのがメインの仕事ですが

サンタンブロージョ教会の聖具を修復することもあります。

古い蜀台がいくつもいくつも運ばれてきたりしました。

ある日工房へ行ってみると何か彫刻の一部なのでしょうか

羽の一部のようなものが並んでいました。

それほど古い物ではなさそうですが とても美しい羽でした。

あまりに綺麗なので写真を撮らせてもらったのです。

そしてある日 忽然と工房から消えていました。

私がいない間に作業が終わって返却されたのですが

まるで飛んでいってしまったようで寂しい気持ちが残ったものです。

結局この羽は何の部品なのか どこから来たのか 聞きそびれてしまいました。

サンタンブロージョ教会の天使の彫刻の部品だったのかも謎です。

聞かなかったことを今も後悔しています。

piume

足音を聞きながら 7月08日

 

イタリアのフィレンツェでの留学から帰国してもう10年近くになりますが

今も当時の記憶は鮮明です。

3年間という長いような短いような濃い時間を過ごした思い出は

現在の東京生活でも音や匂い メディアで見かけたりとふとしたことで蘇ります。

先日もテレビでヨーロッパの町の様子が放送されていました。

観光客を相手に営業している馬車の場面でした。

私が暮らしていたフィレンツェにもこの馬車をはじめ

騎馬警官を毎日のように見かけることが出来たのです。

街中に馬がいる様子は私にとって新鮮で楽しい風景でした。

フィレンツェに限らずヨーロッパの古い町並みは数百年前から

変わることの無いよう景観を保存する努力がされています。

最新流行のブランドショップが並ぶ街角でも

ふと見上げれば中世~ルネサンス時代と変わらない建物が目に入り

当時も聞こえていたであろう人々の賑やかな話し声

そして通りすがりの馬車や騎馬警官の馬の足音が聞こえてきます。

まるでタイムスリップをしたような不思議な感覚でした。

そんな風にちょっと上を見上げながら耳を澄ませて

一人空想に浸りながら散歩をするのはとても楽しい贅沢な時間です。

cavallo